日本三古湯は「道後・有馬・白浜」

日本三古湯は、古くから記録に残る3つの温泉、道後温泉・有馬温泉・白浜温泉の総称です。松山市の資料でも「道後温泉、有馬温泉、白浜温泉の日本三古湯」と紹介されています。いずれも、古代の天皇が訪れたことが伝わる温泉です。

温泉地場所伝わる主な歴史
道後温泉愛媛県松山市661年、斉明天皇が九州へ向かう途中、潮待ちのため2か月あまり滞在
有馬温泉兵庫県神戸市631年、舒明天皇が86日間滞在(『日本書紀』舒明記)
白浜温泉和歌山県白浜町「牟婁温湯」として『日本書紀』『万葉集』に記され、658年に斉明天皇が行幸

道後温泉(愛媛県)

松山市によると、661年、斉明天皇は九州へ向かう途中、潮待ちのため道後に2か月あまりとどまりました。このとき詠まれたと伝わるのが、額田王の作ともいわれる「熟田津の歌」で、出港にあたり兵士を励ます歌とされています。

いまの道後温泉の泉質はアルカリ性単純温泉などです。行き方や掲載宿は道後温泉のページで確認できます。

有馬温泉(兵庫県)

有馬温泉観光協会によると、『日本書紀』の舒明記には、舒明天皇が631年9月19日から12月13日までの86日間、有馬の温湯宮に滞在したと記されています。647年には孝徳天皇も82日間滞在したとされます。その後は行基による再興、洪水からの復興を果たした仁西、たびたび湯治に訪れた豊臣秀吉など、時代ごとに名前が残っています。

いまの有馬温泉は、「金泉」(含鉄・塩化物泉)と「銀泉」(二酸化炭素泉・放射能泉)の2種類が知られています。有馬温泉は、草津・下呂と並ぶ日本三名泉のひとつでもあります。

白浜温泉(和歌山県)

白浜町によると、白浜が温泉地として知られ始めたのは約1400年前の飛鳥・奈良時代で、その草分けが「崎の湯」です。当時は「牟婁温湯」と呼ばれ、『日本書紀』と『万葉集』に記されています。657年に有間皇子がこの湯に滞在して斉明天皇にすすめ、翌658年に斉明天皇が皇太子(のちの天智天皇)とともに行幸しました。

崎の湯は太平洋に面したかけ流しの露天風呂で、いまも白浜町の公衆浴場として入浴できます。料金や営業時間は白浜町の案内で確認してください。

三古湯をめぐるなら

3か所は四国・関西・南紀に分かれているため、1回の旅でまわるより、1か所ずつ泊まって歴史を感じるのがおすすめです。有馬温泉は京都とあわせたモデルコース「有馬温泉+京都 2泊3日」も参考にしてください。